第2巻の刊行にあたって

3年前に私どもの法科大学院(法学政治学研究科法曹養成専攻)が発足して間もない頃,専攻長を務めていた私は,何人かの学生から「アメリカのローレビューのようなものを出す考えはないのか。もしあるのなら,自分たちも参画したいのだが。」という質問ないし申し出を受けた。彼らと話し合ううちその志の高さと情熱に心を動かされた私は,高橋宏志研究科長(当時)や他の関係の先生方に相談したところ,いきなりアメリカのローレビューと同レベルのものを発行するのは無理だとしても,法科大学院学生の自主的な研究やリサーチ,論文執筆を慫慂する意味から,その成果を公表する場として,学生が主体となり教員もこれに協力して,さしあたり電子ジャーナルの形で,独自のローレビューを発行することを考えてみようということになった。そして,後任の山下友信専攻長において,学生諸君と協議を重ね,体制を整備したうえ,学生の有志で構成される編集委員会が先生方の助言を得つつ相当の時間を費やして準備を積み重ねた末,昨年8月にようやく創刊号の刊行にこぎつけたのであった。それから1年,いままた第2巻の発行を見るに至り,感慨ひとしおのものがある。

アメリカには現在,アメリカ法曹協会(ABA)公認のロースクールだけでも180校余りあるが,そのほとんどのロースクールでは各自ローレビューを発行している。有力校では,大学ないしロースクールの名を冠した「旗艦(flagship)」ローレビューのほか,特定の分野に特化したローレビューが何種類も発行されていることも珍しくない。全米最古のローレビューは1852年創刊のUniversity of Pennsylvania Law Reviewであるが,同誌は当初は実務家の執筆・編集になる法律雑誌であった。しかし,それから30年ほど後のHarvard Law Reviewの創刊は,学生有志のイニシアティヴによるものであり,当初は同窓会の財政的サポートの下に,その後は財政的にも独立して,文字どおり学生が主体となり編集や経営が行われてきた。今日では,他のほとんどのローレビューも,学生がその主体となっている。特に各ロースクールの旗艦ローレビューの編集委員になるには,成績や論文執筆・編集能力などについて厳しい審査を経なければならないが,編集委員を務めることは大変なプレステージであり,後のキャリア選択などにおいても有利に働くことが多い。ローレビューに掲載される主論文はロースクール(自校とは限らない)の教授や実務家の手になるものがほとんどであるが,編集委員の力は強く,掲載論文の選別を行い,その内容もチェックして,必要に応じ修正を求めることすらある。判例評釈やその時々の問題などについてのコメントの類は,編集委員自らが執筆するのが普通であり,その中には,後続の法律書や論文などにも頻繁に引用されることになるような優れたものが少なくない。アメリカの法律学は,まさにこれらのローレビューが支えていると言っても,過言ではないのである。

わが国の学界事情はこれとは異なるし,東京大学法科大学院ローレビューも,そのようなアメリカの一流のローレビューからはまだまだ遠い域にある。しかし,今回も,法科大学院でのタイトなカリキュラムをものともせず,多くの時間を割いて掲載論文を執筆してくださったみなさんや編集に当たってくださった編集委員のみなさんの情熱と献身には,頭の下がる思いをしている。先生方による寄稿も増え,創刊号にも増して充実した内容となったのではないかと思う。前途はなお遼遠であるが,東京大学法科大学院とともに,本ローレビューが大きく育っていくことを祈念したい。

2007年9月
東京大学大学院法学政治学研究科長
井 上 正 仁