第3巻の刊行にあたって

近時、法科大学院を取り巻く状況はにわかに厳しさを増し、予断を許さない情勢にある。法科大学院を中核とする新たな法曹養成制度の大前提であったはずの――質量ともに豊かな法曹を育成することがこれからの社会にとって不可欠であるという――基本的考え方を覆し、法曹人口の増加を食い止めようとする動きが、法曹界自体の内部でも活発化し、その理由として、新規法曹を受け入れる側のキャパシティの問題ばかりでなく、法科大学院修了者の質が高くなく、学力が低いといった指摘すらなされている。

これらの動きや発言は、多分に、旧制度で育った人たちの新制度に対する違和感、不信感を反映するものであったり、既得権益に安住しようとする守旧的な抵抗にほかならなかったり、誤解や曲解に基づく根拠の不十分な言いがかりであったりするところがあり、これらに対しては、私たちは、毅然として反論し、また説明を尽くすことにより、多くの人々の理解を得るよう努めるとともに、理由のある批判や指摘には真摯に耳を傾け、改めるべきところがあれば進んで自己変革を行うことにより、法科大学院を中核とする新たな法曹養成制度本来の趣旨のより良い実現を図っていく必要がある。

法科大学院は、単に司法試験に受かりやすくするために設けられたものではない。その目的は、あくまで、社会のさまざまなニーズに応えて質の高い法的サービスを提供できるだけの能力と高い志を備えた法律家を育成することにある。少なくとも東京大学の法科大学院においては、学生諸君がそのような法律家として育ってくれることを目標にするからこそ、目先の司法試験には役立ちそうにない、あるいは高度すぎるとも思われる内容・レベルの授業をも含め、広範かつ多様なカリキュラムを用意し、情熱を傾けて教育に取り組んできた。幸いにして、学生諸君の多くも、高い目的意識を抱き、旺盛な学習意欲を示して、これによく応えてきてくれた。修了後も、単に司法試験に合格して法曹資格を得ればよしとするのではなく、この法科大学院での学修経験とその成果を礎とし糧としつつ、真のプロフェッショナルとしての法律家となり、社会の期待に応えた良い仕事をすることができるよう、不断に研鑽を積んでいくよう心がけていただきたいと思う。

学生諸君の学修の成果物を中心にし、かつ学生諸君自身の編集によるローレビューの発行は、上記のような教育理念をよく体現するものであり、わが東京大学法科大学院独自の新たな伝統を形作るものとして、永く受け継いでいかれるべき事業である。今また、編集委員のみなさんの献身的なご尽力により、数倍の応募の中から選び抜かれた学生諸君の論稿と多くの先生方からのご寄稿とからなる充実した内容の第3巻が発刊される運びとなったことは、この上ない喜びである。関係者のみなさんに深甚の謝意を表したい。

2008年9月
東京大学大学院法学政治学研究科長
井 上 正 仁