第14巻の刊行にあたって

法科大学院の日常は慌ただしい。それは学生に限らず、教員も然りである。そのような中でともすれば見失いがちなのは、法科大学院創設の原点にあった教育理念・目標である。今回、研究科長として本稿の執筆依頼を受けたことをきっかけに、本誌第 1 巻以来の各巻の「刊行にあたって」(第 1 巻は「創刊の辞」)を読み直し、そこに遺された歴代研究科長のメッセージに、度々目を覚まさせられる思いをした。本誌の創刊を支えられたお二方の例を掲げる。

「専門職大学院である法科大学院が法曹としての基幹的能力を育成することを任務とすることはいうまでもないが、このことは法科大学院での法曹養成教育は、学生が既存の理論や実務に習熟できるようにすることに尽きるということを意味するものではない。むしろ、いまだ未解決であったり、これから新たに生ずるであろう社会的課題について、法曹として正面から取り組んで、解決を図っていくという創造的な能力の涵養こそが究極の法科大学院教育の目標でなければならない」(高橋宏志「創刊の辞」)。

「法科大学院が既存の理論と実務の知識を身につけさせることを目的とした専門学校的な教育課程を提供するものであるという理解をするとすれば、少なくとも東京大学法科大学院については、それは大きな誤解であるといわなければならない。......解決のあり方が確立していない未知の問題に対してマクロとミクロの両面で適切な解決を図るという創造的な能力こそが、一流の法律家に求められるのであり、そのような資質をもつ法曹こそが東京大学法科大学院が養成しようとする法曹である。......法律家の基礎的な能力の育成の旗印の下に、既存の知識を身につけさせることに汲々とした教育が展開されているとすれば、法科大学院を開設している研究機関でもある大学の自殺行為であるといわなければならない」(山下友信「第 5 巻の刊行にあたって」)。

このような創設時以来の本学法科大学院の教育理念・目標のもと、学生の自主的な研究やリサーチ、論文執筆を慫慂する意味から、その成果を公表する場として刊行されてきたのが、本誌である。創刊以来、堅調な刊行を重ね、ここに第14巻の刊行に至ったことを心から慶びたい。

第14巻には、法科大学院学生からの投稿が14編あり、編集委員会の厳正な審査を経て、そのうちの3編が掲載の運びとなった。投稿件数、掲載件数とも昨年の第13巻と比べ増加したことは、積極的に評価したい。投稿件数は、本学法科大学院の教育理念・目標が学生の間で受容されている度合いを反映し、掲載件数は、審査の厳正さが不変である限り、投稿された作品の質の高さを示すと考えられるからである。

本誌は、学生が主体となって運営する編集委員会がその編集の任に当たっている点も特筆に値する。編集委員諸氏が、投稿の審査をはじめ編集作業に費やしているエネルギーは、並大抵ではない。本巻からは、掲載論文の決定後に、編集委員会から執筆者に対し補正提案を試みるという新たな取り組みも開始したと聞く。これも審査に高いレベルで真摯に取り組んでいるが故に可能となる取り組みであろう。編集委員諸氏の尽力に対し、研究科を代表して、心から謝意を表したい。

周知のように、法科大学院を中心とした法曹養成制度は、今後、新たな局面を迎える。法学部におけるいわゆる「法曹コース」の導入と法科大学院における司法試験の在学中受験制度の導入により、大雑把に言えば、法科大学院における学修の時間が圧縮される。しかし、本誌の来し方を振り返り、歴代の論文執筆者、編集委員の熱い眼差しを想い起こすならば、それらに照らし、本誌の将来も決して案ずるには及ばないであろう。本誌が本学法科大学院の教育理念・目標とともに力強く歩み続けることを確信しつつ、第 14 巻を世に送り出すこととする。

2019年10月
東京大学大学院法学政治学研究科長
大 澤   裕