第15巻の刊行にあたって

東京大学法科大学院ローレビュー第15巻をここに刊行することができた。本巻の刊行には,格別の感慨を覚える。

本巻の編集にあたる第15期編集委員会が公募による学生委員12名(法科大学院3年次生6名,同2年次生6名。学年は発足時)と教員委員3名により,例年どおり発足したのは,2019年12月初めのことであった。ところが,その後,編集委員会発足当時は誰もが予想だにしなかった未曾有の事態が世界を襲った。言うまでもなくそれは,COVID—19と命名された新型コロナウイルス感染症の大流行である。

感染症の猛威は,大学の風景も一変させた。本学法科大学院に関していえば,本年度Sセメスター(夏学期)の授業は,すべてオンライン形式での実施となった。研究室図書室を含む法学部研究室や学務を扱う研究科事務室は,4月7日の政府による緊急事態宣言の発出を契機にほぼ完全に閉鎖され,その状況は5月末まで続いた。研究室や事務室の業務・サービスは,6月以降,段階的に再開されたが,例えば,曜日を限って開館を始めた研究室図書室が法科大学院生にも利用可能となったのは,6月中旬であり,同室の開館日が平日の全曜日に拡大されたのは,さらに1か月後のことであった。午後5時以降の夜間利用の再開は,教員を含め,今日まで見送られたままである。Aセメスター(秋学期)の授業は,演習科目の一部が対面形式で実施されるようになったが,それ以外の科目についてはオンライン形式が維持された。

このような状況が,本巻の編集作業に少なからぬ負の影響を与えたことは,想像に難くない。実際,法科大学院学生からの投稿を締め切った3月中旬までの進行は例年どおりであったが,その後の編集委員による投稿の審査(査読)には,これまでにない苦労があったと聞く。とりわけ,図書室の利用が制限されたこと,加えて,5月に予定されていた司法試験(3月に法科大学院を修了した編集委員が受験する)の実施が8月まで延期されたことが大きく影響したようである。対面方式の会議ができない状況下で,編集委員各人が全身全霊を賭して審査結果をぶつけ合う編集会議のもち方も難しかったに違いない。厳しい環境にもかかわらず,障碍を1つずつ克服し,例年よりも時期こそ遅れたものの,年度内の本巻刊行を実現できたことは快事であり,編集委員各人の情熱と献身によるところが大きい。この場を借りて,心から謝意を表したい。

ローレビュー第1巻の巻頭を飾る「創刊の辞」において,当時の高橋宏志研究科長は次のように述べている。

「専門職大学院である法科大学院が法曹としての基幹的能力を育成することを任務とすることはいうまでもないが,このことは法科大学院での法曹養成教育は,学生が既存の理論や実務に習熟できるようにすることに尽きるということを意味するものではない。むしろ,いまだ未解決であったり,これから新たに生ずるであろう社会的課題について,法曹として正面から取り組んで,解決を図っていくという創造的な能力の涵養こそが究極の法科大学院教育の目標でなければならない」。

このような本学法科大学院の教育理念・目標のもと,学生の自主的な研究やリサーチ,論文執筆を慫慂する意味から,その成果を公表する場として,ローレビューは刊行されてきた。第15巻となる本巻には,法科大学院学生からの投稿が7編あり,編集委員会の厳正な審査を経て,そのうちの1編が掲載された。

「第14巻の刊行にあたって」において,「投稿件数は,本学法科大学院の教育理念・目標が学生の間で受容されている度合いを反映〔する〕」と書いた。近年の投稿件数と掲載件数を見ると,第11巻が投稿16編,掲載4編,第12巻が投稿16編,掲載2編,第13巻が投稿10編,掲載1編,第14巻が投稿14編,掲載3編である。これらと比較して本巻では,投稿件数の落ち込みが気がかりではある。もっとも,投稿件数を変動させる要因は様々あり得る。教員の実感として,学生のアカデミック・ワークへの関心と取り組みがそれ自体として低調化しているとは思わない。それが我田引水の希望的観測に終わらないよう,「創刊の辞」に示された本学法科大学院の教育理念・目標を再確認しつつ,そしてまた,COVID-19の早期終熄と今後の投稿件数の回復・増加を強く念じつつ,本巻を世に送り出すこととする。

2021年1月
東京大学大学院法学政治学研究科長
大 澤   裕